【解説】警察庁「対総連捜査マニュアル」はいかにして作られたのか…その時代背景と「対北600億円送金」の真相

 まず、1万3千人の共和国訪問者数だが、この記事の掲載前後を見ると、共和国訪問者数は91年=8442人、92年=8691人、93年=5157人。いずれも1万3千人にはるかに及ばない。

また、1人当たり300万円の持参金だが、海外に行く際、これほどの金額を持っていく人はほとんどいないだろう。さらに共和国の訪問者数には当然、学生や子供も含まれており、彼らがそのような大金を持って行けるはずはない。

例えば、親子4人で祖国を訪問したとすれば1200万円を持参することになる。日本の高級(ママ)サラリーマンの年収にも相当する金額を一度の訪問で持参できるだろうか。

「総聯が独自に送っている」という年間200億円については根拠すら示されなかった。

問題なのは、その後、この根拠のない数字が「文芸春秋」93年5月号、香港のファー・イースタン・エコノミックレビュー93年7月29日付などに紹介されたことだ。おまけに佐藤氏が外国人記者クラブでこの内容を講演、それが世界に広がり、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストに報道され、アメリカ発のニュースとして日本に逆流した。実体のない情報がキャッチボールされ拡大されたのである。

この「600億円送金説」については、筆者もここで挙げられている「現代コリア」の記事以外に、根拠らしきものを目にしたことはないし、これがこの説を掲げた最も古い資料ではないかと思う。

また、これまで5回、北朝鮮を訪問した経験に照らして考えても、「渡航者一人当たり300万円」という試算は乱暴に過ぎる。筆者も平壌に暮らす親類に現金を届けて来たが、旅費や向こうで使った飲食費も含め、5回分を合計しても300万円に満たない。

「対北朝鮮送金」の真相

ただ、ルートや金額はどうあれ、送金が行なわれていたのは事実だ。